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アイテム
身振りする表層言語 : Dylan Thomasの詩的言語(I)
http://hdl.handle.net/10076/5470
http://hdl.handle.net/10076/547039b0a569-0460-4a55-903c-3764bed292e7
名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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Item type | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||||||
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公開日 | 2007-07-02 | |||||||||
タイトル | ||||||||||
タイトル | 身振りする表層言語 : Dylan Thomasの詩的言語(I) | |||||||||
言語 | ja | |||||||||
言語 | ||||||||||
言語 | jpn | |||||||||
資源タイプ | ||||||||||
資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||||||
資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||||||
著者 |
宮地, 信弘
× 宮地, 信弘
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抄録 | ||||||||||
内容記述タイプ | Abstract | |||||||||
内容記述 | Dylan Thomasの詩はしばしば難解だと言われる。確かに決して読みやすいものではない。一読してその難解さに圧倒される、あるいは辟易させられる。にもかかわらず、全体として「わかる」と感じさせるものがある。この、「難解」でありつつ「わかる」というところにトマスの詩の特質があるように思われる。トマスの詩のいわゆる「難解さ」とは言語表現の難解さであり、主題の難解さではない。生を浸食する死に対する過激な意識から紡ぎ出されるトマスの詩的言語は、互いに衝突しあい、火花を放ち、読者を幻惑させる(というよりもむしろ困惑させる)体のものであるが、その過激にして晦渋な表現のわりには、主題はむしろ単純で、誰もが共感できるものである(「わかる」ということは「共感できる」ということである)。主知主義的なエリオットや社会的意識の強いオーデンなどと比べると、その主題の幅は狭く、意外に正統的なもので、絶えず生と死の実相を見つめ、詩人としてのアイデンティティを模索するといった、きわめて内省的でpersonalなものである。トマスの詩の登場が衝撃的だったのは、その難解ながらも新鮮な言語表現の故であった。この小論では、トマスの詩的言語の特質を、“Fern Hill”という詩を例にとって、覚え書き風にまとめておきたい。 | |||||||||
書誌情報 |
三重大学教育学部研究紀要. 人文・社会科学 巻 49, p. 137-151, 発行日 1998-03-31 |
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ISSN | ||||||||||
収録物識別子タイプ | PISSN | |||||||||
収録物識別子 | 0389-9241 | |||||||||
書誌レコードID | ||||||||||
収録物識別子タイプ | NCID | |||||||||
収録物識別子 | AN10066046 | |||||||||
フォーマット | ||||||||||
内容記述タイプ | Other | |||||||||
内容記述 | application/pdf | |||||||||
著者版フラグ | ||||||||||
出版タイプ | VoR | |||||||||
出版タイプResource | http://purl.org/coar/version/c_970fb48d4fbd8a85 | |||||||||
その他のタイトル | ||||||||||
言語 | en | |||||||||
値 | Dylan Thomas's Poetic Language(I) | |||||||||
出版者 | ||||||||||
出版者 | 三重大学教育学部 | |||||||||
資源タイプ(三重大) | ||||||||||
値 | Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 |