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アイテム
戦前期日本における実業エリート批判の質的変容
http://hdl.handle.net/10076/13817
http://hdl.handle.net/10076/1381760040ef7-d642-4e59-b2da-c64da62dc770
名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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10C16912.pdf (2.5 MB)
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Item type | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||
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公開日 | 2014-04-15 | |||||
タイトル | ||||||
タイトル | 戦前期日本における実業エリート批判の質的変容 | |||||
言語 | ja | |||||
言語 | ||||||
言語 | jpn | |||||
資源タイプ | ||||||
資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||
資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||
著者 |
永谷, 健
× 永谷, 健 |
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抄録 | ||||||
内容記述タイプ | Abstract | |||||
内容記述 | 貧富の格差が社会問題としてクローズアップされた大正期半ば以降、実業エリート層と他の階層のあいだの感情的な軋蝶が激化している。注目すべきは、実業エリート層自身による言動や彼らに関する言説が蓄積されるなかで、富裕なエリート層の階層としての社会的意義がこの時期に急変した点である。実業エリートたちに関連する記事が多数掲載されている3誌(『実業之日本』『中央公論』『太陽』)の記事内容を検討すると、第1回国際労働会議の議案(労働時間や最低就労年齢など)に対する実業エリートたちの対応が契機となって、彼らへの批判的思潮が急速に活性化したことがわかる。批判の論点は、彼らの前近代的な労働者観、および、温情主義への固執による労働条件の国際標準からの撤退である。先の時代、すなわち第一次大戦中とその後の数年間にあっては、経済的な拡張主義の高揚のなかで、彼らは文明国への先導者、そして事業上の「リスク・テイカー」として捉えられることが多く、また、彼ら自身もしばしばそのように自己定義を行っていた。したがって、国際労働会議をめぐる一連の事態は、国際標準への彼らの党派的な対応に対する“興醒め感"と彼らへの否定的な社会的評価を招いた。また、拡張主義を背景に発足した日本工業倶楽部へと実業エリート層の意思表明機関が一元化したことも、彼らへの批判が激化した一因となった。 | |||||
書誌情報 |
人文論叢 : 三重大学人文学部文化学科研究紀要 巻 31, p. 87-101, 発行日 2014-03-30 |
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ISSN | ||||||
収録物識別子タイプ | PISSN | |||||
収録物識別子 | 0289-7253 | |||||
書誌レコードID | ||||||
収録物識別子タイプ | NCID | |||||
収録物識別子 | AN10045090 | |||||
フォーマット | ||||||
内容記述タイプ | Other | |||||
内容記述 | application/pdf | |||||
著者版フラグ | ||||||
出版タイプ | VoR | |||||
出版タイプResource | http://purl.org/coar/version/c_970fb48d4fbd8a85 | |||||
その他のタイトル | ||||||
言語 | en | |||||
値 | Qualitative Changes in Criticism of the Entrepreneurial Elite in Prewar Japan | |||||
出版者 | ||||||
出版者 | 三重大学人文学部文化学科 | |||||
資源タイプ(三重大) | ||||||
値 | Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 |